Vol.11

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
1. 思想の森
2.国つ神計画研究所
3.使命を果たすための精密栄養学
4.KINEMA 2400
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
/2026年7月7日発行/
*メール右上の「Read online」でお読み頂くと、購読体験が向上します。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

■ 1. 思想の森

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

儒学には、「修身斉家治国平天下」という考え方があります。
国家・社会・他者を変えようとする以前に、まずは自らの心を正す。
最初のコーナーでは、聖人の言葉に従い、今、何を、どう思っているのかをお伝えします。

…………………………………………………………………………………………………

最近、欧州諸国の指導者によるロシアへの挑発が過激になっています。そうした中、一つの象徴的な事件が非常に控えめに報道されています。それがノルドストリーム爆破事件の実行犯として拘束されていたウクライナ国籍の男性が、ドイツ検察によって起訴されたことです。

2022年9月26日に発生した爆破事件は「謎」に包まれてきたと言われていますが、実は事件当時から実行犯を公言し続けてきた人物がいます。コロンビア大学の経済学者ジェフリー・サックスです。

事件当時、欧米政府とメディアがロシアを犯人だと騒ぎ立てる中、サックス教授は米国の仕業だと断言。ブルームバークのインタビューの中で、「米国の仕業だと賭けても良い」と主張したため、当時大きな批判の渦に巻き込まれました。
当時から、彼が政府発表やメディアに惑わされず、唯一信頼できるソースとして頻繁に名前をあげたのが、ジャーナリストのシーモア・ハーシュです。
2023年2月8日、ピューリッツァー賞受賞歴のある米国の著名な調査報道ジャーナリストのハーシュは、自身のニュースレターに「米国はいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したか」を投稿。

匿名の関係者からの情報として克明に事件を描写した同記事は、当時の米政権内を大きく揺るがす問題となりましたが、報道規制の圧力がかかったことから、広く知られていません。
何より彼のレポートで驚くべきことは、作戦の構想が始まったのは、ロシアがウクライナに侵攻する2ヶ月以上前の2021年12月だったことです。つまり、ウクライナ戦争以前の問題なのです。

当時、バイデン政権の大統領補佐官だったジェイク・サリバンが主導し、統合参謀本部、CIA、国務省、財務省のトップを集めて極秘のタスクフォースが結成。
当初は、ロシアによるパイプライン運用をどう阻止し、どのように欧州(特にドイツ)をロシアへのエネルギー依存体制から切り離すかが議論されました。
海軍は潜水艦を使った直接攻撃、空軍は遅延信管付きの爆弾投下を提案しましたが、当時のCIAウィリアム・バーンズ長官は「米国がやったと絶対にバレてはいけない(秘匿性)」ことを最重要課題と位置付けます。

こうして2022年初頭、CIA作業部会は「パイプラインを爆破する方法がある」とタスクフォースに報告し、爆破作戦の準備が本格化します。ハーシュは実行部隊の選定時、米国の法律の抜け穴が利用されたと批判しています。
実行部隊に選ばれたのは、特殊作戦軍(SOCOM)の秘密部隊ではなく、フロリダ州パナマシティの米海軍潜水・サルベージ訓練センターの熟練ダイバーたちでした。
通常、SOCOMの極秘軍事作戦は議会指導部への事前報告が法的に義務付けられていますが、通常の「海軍ダイバー」を作戦に用いることで、議会への報告義務を回避し、徹底的な機密保持を図ったと告発しています。

しかも、米国の単独犯行ではありません。米国単独での作戦が困難だったため、ここでノルウェー軍・情報機関が協力したことが暴かれています。一体、なぜノルウェーなのか?
理由は明白です。ノルウェーは当時のNATO事務総長イェンス・ストルテンベルグの出身国であり、米国の強固な同盟国だったからです。
また欧州が依存するロシアの天然ガスが断たれれば、自国の天然ガス輸出を増やせるという経済的動機もあったと指摘されています。

実際、2014年3月にNATO事務総長に任命されたストルテンベルクの任期満了は2022年9月30日でしたが、「ある事件」によって延命し、結果的に2024年9月30日まで勤めています。
そして「貢献」が認められたのか、2022年2月にはノルウェー中央銀行総裁、2025年2月にはノルウェー財務大臣のポストに就任し、今も現役です。

ノルウェー海軍は、潮流が穏やかで、ダイバーが作業しやすい環境だという理由で、デンマーク領ボーンホルム島沖の浅海(水深約80メートル)が作戦に最適だと報告。米国とNATOの管理下で秘密裏に進められていた爆破計画でしたが、ここで当時のバイデン大統領が信じがたい失言をします。

2022年2月7日、バイデン大統領はドイツのショルツ首相との共同記者会見の場で、「ロシアが侵攻すれば、ノルドストリーム2は存在しなくなる。我々はそれに終止符を打つ」と口を滑らせたのです。これは失言どころか、「バイデン政権がノルドストリームを破壊する犯人だ」と近未来に起きる事件を自ら公言した象徴的発言です。ちなみに、ロシアがウクライナに軍事侵攻したのは同年2月24日です。
犯人は自分だと堂々と国際舞台で公言した米大統領の自爆発言により、極秘工作として動いていた現場が激しく動揺。しかもバイデン大統領自ら攻撃目標を名指しで明らかにしたため、作戦は混乱し、秘密工作から軍事作戦へと変更された内実が暴露されています。

そして2022年6月、バルト海で毎年行われるNATOの軍事演習「バルトップス22」がカモフラージュとして利用されます。米国側は演習のスケジュールに、新たに「研究開発(機雷探知・解除)の実働訓練」という項目を追加させ、演習に紛れて米海軍ダイバーが潜水し、成形炸薬(C4)を2つのパイプラインに取り付けました。
爆薬には、塩分の影響で腐食しない特殊な偽装カバーが施されました。

当初、爆弾は時限式(演習終了の48時間後に爆発)に設定されていましたが、バイデン大統領が「タイミングは自分で決めたい」としてこれを拒否。そのため、海上に投下されたソナーブイから発せられる特定の低周波音を受信した時のみ、爆発のタイマーが作動する仕組みに変更されました。
こうして作戦実行は先送りされ、ついに2022年9月26日、ノルウェー海軍のP8ポセイドン哨戒機が通常の飛行を装い、ソナーブイを投下。信号を受信した数時間後、C4爆薬が起爆し、4本のパイプラインのうち3本が破壊されました。

発生直後から、欧米政府とメディアは口裏を合わせたように、ロシアが犯人だと名指しで猛攻撃。
一体、バイデン大統領が狙った「タイミング」は、なぜ当初の予定だった6月ではなく、9月末だったのか?
ハーシュは、バイデン大統領がこの時期を狙って爆破を決断した理由は明らかだと主張。その最大の理由は「冬の到来」だったと書いています。

これは欧州特有の季節条件を標的にしたということです。
当時、既にウクライナ戦争を名目に、欧州側は米国の圧力により、ロシアからの天然ガス供給網を自ら遮断する暴挙に出ていました。
しかし、欧州首脳部はエネルギー代替策を持っていなかったため、結果的に今日まで深刻なエネルギー不足に直面し、あろうことかドイツの産業力が著しく衰退するトリガーとなりました。

そしてイラン戦争同様、米国と欧州首脳部は、短期間で戦争を終わらせられると傲慢にも考えた。しかし、ロシアは彼らの本意を見抜き、最初から長期戦に持ち込む戦略を展開します。
つまりバイデン政権の目論見はプーチン政権に見抜かれ、必ず欧州が揺らぐと見たロシアは、軍事的な戦争勝利ではなく、長期戦で相手が自滅することに賭けたのです。

ウクライナ戦争が長期化すれば、欧州が自滅することは十分に想定される未来でした。
2022年の秋が深まり、欧州が厳しい寒さとエネルギー不足に直面すれば、米国はドイツのショルツ首相が世論に押されてノルドストリーム2のバルブを開け、ロシアの制裁網から離脱すると見たのです。米政府が最も恐れたのは、この制裁解除でした。

つまり、事件の真の狙いはロシアの弱体化ではなく、「ドイツがロシアから天然ガスを買う選択肢を物理的に消滅させること」だったのです。
これがハーシュが暴いた裏側でした。

ですが、米国の軍事力に保護された欧州に、米国を批判する力はない。こうして自らの手で自らの首を絞めることになった欧米政府とメディアは、何と実行犯をウクライナ軍にすり替えたのです。

2023年3月7日、ニューヨーク・タイムズは「米国政府が新たに入手した機密情報として、親ウクライナのグループが爆破を実行した可能性を示す証拠がある」と報道。
同日、ドイツのツァイトは公共放送ARDなどと共同で「ノルドストリーム捜査:痕跡はウクライナへ」を報道。
同年11月11日にワシントン・ポストが「ウクライナ軍将校が爆破を主導した」と報道します。
こうして奇妙なことに、2023年以降、ウクライナの単独犯行だという視方が有力視されていく「型」が、空気によって形成されたのです。

そして2025年9月30日、ポーランド警察は事件に関与した疑いでウクライナ国籍の男性を拘束。今回起訴されたのはこの人物ですが、本名は明かされておらず、元軍人「ウォロディミル・Z」と呼ばれています。
しかし、ジェフリー・サックス教授は「米国の新たな物語に騙されるな」と強調し続けています。つまり、ウクライナの単独犯行として、視線を逸らす工作の可能性が高い。

現在、悲惨なことにウクライナ国民は、欧州とNATOがロシアと直接戦争することを想定した実験台に利用されており、最新のドローン兵器、諜報活動、AIを用いた作戦などの効果が、欧州・NATOの支援でテストされています。
つまり、彼らにとってウクライナ国民が何百万人死のうが、街が荒廃しようが、国がなくなろうが、どうでも良い。この「冷徹な事実」こそ、今回の事件を通じて私たちが見なければならないことです。

翻って昨日7月6日、中国の潜水艦が太平洋へ弾道ミサイルを発射し、日本政府とメディアが猛反発しています。一貫して政府・メディアは「挑発行為」と表現していますが、これは「警告」だと見なければなりません。

そして相変わらず米国の意向に従う日本とは異なり、中国は東アジアの背後にいる存在を的確に掴んでいます。
こうして、なぜか日本で「米建国250年周年」が祝われる奇妙な状態の渦中、中国は明確な警告をミサイルを通じて発しました。
言うまでもなく、その矛先は日本政府ではなく、米国政府です。中国は日本政府など眼中になく、飼い犬の飼い主に直接警告を発したのです。
「これ以上、東アジアを不安定にするな」というメッセージが、今回のミサイル発射に込められている。その緊張が高まった中で、日本は飼い主の建国記念を盛大に祝っている。この事実だけでも、私たちの所有者が誰なのかは明白です。

今後、日本と台湾はウクライナのような未来を歩むのかもしれません。自分たちのことを自分たちで決められず、母国の未来を遠く離れた米国・NATOに握られ、好き勝手に利用される未来。
今、私たち日本人が見なければならないのは、ウクライナが米国・NATOの実験台として犠牲になった冷酷な事実であり、同じことが台湾、さらに日本を舞台に展開されようとして、着実に歩みを進めていることです。
その歩みを進めているのは、中国でもロシアでもない。

遠く離れた米国が、中国やロシアを「悪」と位置付ける誇大妄想の中で生きるのは勝手ですが、ウクライナ、欧州、台湾、日本、朝鮮半島にとって、彼らは隣人であり、一方的な「悪」として対話・外交を拒むべき相手ではない。
今、欧州は先んじてロシアとの対話・外交を自らシャットダウンし、狂ったとしか思えない直接戦争を発言した挙句、ウクライナなどを通じてモスクワへ直接攻撃を仕掛けています。事実上、NATOはロシアを攻撃しているのです。
この行動に対して、ロシア側も堪忍袋の緒が切れかかっており、明確に欧州内への攻撃・核兵器投下が政権内で議論される事態になっています。

日本は、同じ轍を踏むのでしょうか。
大きな決断の時は、もう過ぎ去ったのかもしれません。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

■ 2. 国つ神計画研究所

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

統一国家や単一民族と、場所に生きる多元的世界。
どちらが正しいかではなく、相反共存する世界に誰もが生きています。
日本民族のルーツ研究を通じて、開かれてくる本当の日本とは?
古代日本・考古・神話・民俗・遺伝子・霊性など分野を統合し、独自の視点で日本を読み解きます。

…………………………………………………………………………………………………

712年成立の古事記と、720年成立の日本書紀。
共に8世紀前半に成立した現存日本最古の書ですが、今やほとんど読まれることがありません。

これらの成立史は千年以上も前ですが、実は広く読まれる基層が築かれたのは、そう遠い昔ではありません。
振り返ると江戸時代、国学者・本居宣長が三十年以上の歳月をかけて古事記を読解し、1798年に『古事記傳』を脱稿。没後1822年頃から全44巻が出版された時、はじめて古事記が広く読まれる土台が築かれました。

古事記傳が登場する前の千年は、どちらかと言えば日本書紀の独壇場で、古事記はほとんど名前が挙がることはなく、知識人の優先順位が低い書物でした。しかし、それでも千年残った事実がある。ここに古事記の面白さが潜んでいます。

宣長の古事記傳は、古事記が日本書紀以上に重視される構造的転換点のトリガーとなりました。以降、後継者・平田篤胤が師匠の古事記傳を霊的な観点で再解釈し、宗教運動と接続する扉を開くと、江戸時代後期の不安定な時勢が重なり、古事記を基層に据えた宗教運動が各地で爆発的に勃興します。

後に新宗教と位置付けられますが、母体を担ったのは総じて江戸、大坂、京などから離れた地域でした。1814年に岡山の黒住教、1859年に同じ岡山の金光教、1838年に奈良の天理教の源流が誕生し、その他多数の新宗教が西日本各地で同時多発的に出現。
1868年明治維新以降は、集大成として京都府綾部で大本教が誕生し、新宗教は一つの頂点に達しました。

彼らは、神憑りや霊的な超能力者を開祖に抱えていましたが、共通する精神基盤は平田篤胤を経由した古事記です。
なぜ、古事記には霊的な能力を開化する力が秘められているのか?
この謎を言語化するために、平田篤胤の弟子たちが喧伝したのが「言霊」でした。

言霊は、今も一部の人々にとって精神基盤であり続けていますが、感性的に使用された最初の痕跡を伝える万葉集を除けば、それ以前に遡ることはできません。
ただ、古事記や日本書紀には葛城山麓の「一言主神」が神として現れており、この神が言霊の祖神だという信仰が今も根強く残っています。
元々、文字文化を必要としなかった日本の先人は、音というか振動を通じて世界を伝達し合っていたため、音自体に神が反映されるという思想が共有されていました。

彼らにとって文字を使用することは、音という掴みきれない広大無辺の世界の神を規制する行為であり、悪しき事として忌み嫌われた歴史があったのです。

万葉集には、山上憶良の「言霊の 幸はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり」や、柿本人麻呂の「志貴島の 日本の国は 言霊の 助くる国ぞ ま幸くありこそ」、「言霊の 八十の衢に 夕占問ふ」が記録されています。
中でも柿本人麻呂の歌は、後の言霊信仰の源泉となっています。

ですが、当時は「こと」という響きの中に、多元的世界があった。例えば、「こと」は「言」であり「事」であるという感性は、言の一言主神、事の事代主神を神話で生み出しています。
興味深いのは、二つの神々の拠点が隣り合っていることです。

ちょうど大阪と奈良の県境に聳える山脈の中で、葛城山の麓に建立されているのが葛城一言主神社ですが、その麓の平野部には鴨都波神社が建立されています。
現在の区分では両社ともに奈良県御所市ですが、古くからこの地域一帯は、同一の勢力圏にあった可能性があります。
一言主神は葛城一言主神社、鴨都波神社には事代主神が奉祀されています。二つの「こと」の神々が隣り合って共存している。この姿にこそ、古代日本人が掴んでいた感性が現れているように思えます。

では一体、「こと」信仰を主宰したのは何者だったのか。その正体として今も語り継がれているのが、謎に包まれた葛城氏です。
歴史的に葛城氏は、仁徳天皇と近い王統に関係すると言われますが、要するに大王・仁徳天皇を擁立した主要集団の一つです。

彼らは、古代氏族として五世紀代には圧倒的な力を有し、古代ヤマトに君臨していたが、早くも六世紀前半には没落し、その後の詳細は不明となっています。
しかし、同地域一帯からは葛城氏の黄金時代を象徴する古墳時代の遺跡が多数発見されており、中でも目を引くのが、見事な埴輪の造形技術です。

この地域が厄介なのは、氏族の代替が著しく進んだ影響により、多層化していることです。典型的なのが二つの「こと」を奉祀する神社の冒頭に、「葛城」と「鴨」が分かれていることです。
これは初期同地域の葛城氏の没落前後、さらに後代にかけて、新たな賀茂氏(加茂氏・鴨氏)が覆い被さった痕跡を伝えており、渡来系の新興氏族である賀茂氏が、葛城系の遺産を引き継いだ可能性があります。

後に平安京への遷都時代に入ると、都の貴族・皇族に絶大な影響を与えた賀茂氏は、現・下鴨神社辺りを拠点として暗躍しました。
ですが、彼らはあくまでも新興の渡来。

今も葛城山麓に残る多層の痕。
それを伝えているのが、二つの「こと」に分かれた神々なのです。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

■ 3. 使命を果たすための精密栄養学

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

日本や世界の現状を憂い、少しでも未来を変えたいと思う現代人にとって、本当に必要なのは最低限の健康知識です。
どれだけ志が高くても、不調になると心身共に疲弊し、道半ばで諦めてしまうもの。
そこで本コーナーでは、使命を全うするために、最低限の健康知識を最新の精密栄養学の視点で提起していきます。

…………………………………………………………………………………………………

今週は、重金属の鉛への対処についてです。

先週お伝えしたように、鉛は二十世紀の問題というイメージが強いため、私たちが普段意識することのない重金属です。しかし、鉛リスクは今も日常に潜んでおり、避け切ることのできない問題でもあり続けています。

まず、鉛が体内に蓄積することで、子供は実行機能の低下、精神的な問題を抱えやすいことが報告されています。
中でも厄介なのが、鉛はヘモグロビンの合成を妨げてしまうことです。全身の細胞に酸素を運ぶために欠かせないヘモグロビンは、体内で最も重要なタンパク質の一つです。しかし、鉛が体内に入ると、ヘモグロビンを作るために必要な「ヘム」の生成が阻害されます。

ヘムが体内で不足すると、連鎖的に体内の状況は悪化します。特に、ヘム不足はデルタ・アミノレブリン酸という物質が体内で過剰に作られるトリガーとなり、脳内の神経伝達物質GABAの働きを弱めてしまうのです。
GABAは、名前を聞いたことのある方が多いでしょう。この物質は、脳を落ち着かせたり、神経の興奮を抑える働きを持っており、精神安定の文脈で活用されています。

精神安定に関わるということは、逆に作用すると多大な問題を誘発します。鉛によってGABAが機能不全に陥ると、脳は過剰な興奮を制御できなくなり、筋肉が異常に収縮して痙攣を起こすリスクが高まります。
また、鉛は脳内で記憶・学習に関与するNMDA型グルタミン酸受容体にも影響を与えるため、記憶力の低下、集中力の欠如が誘発されることが判明しています。

難しい話を抜きにしても、鉛による神経系への影響は看過できない。特に子供や胎児の発達中の脳にとっては、非常に危険だという認識を持つことが重要です。

体内に蓄積された鉛を排出することは難しいのですが、いくつか効果的な栄養素が特定されているため、普段の食生活に取り入れることが重要です。
第一選択肢は、タンニンです。タンニンは植物に含まれるポリフェノールの一種で、緑茶や赤ワイン、コーヒーなどに多く含まれている成分で、特有の渋み・苦味の元です。このタンニンが、鉛の排出を促すのに効果的な成分なのです。

次に、亜鉛とセレンです。亜鉛は鉛によって引き起こされる酸化ストレスを抑える効果があることに加えて、鉛を捕捉し、無害化するメタロチオネインというタンパク質の生成を促進します。亜鉛の王様と呼ばれる牡蠣、赤身肉や大豆、種実などに多く含まれています。
セレンは、グルタチオンペルオキシダーゼという抗酸化酵素の働きを助け、酸化ストレスから体を守り、脳への鉛の影響を軽減する効果が報告されています。こちらは鰹節や魚介類、卵、豚肉やレバーなどに豊富です。

合わせて、ビタミンC、ビタミンE、ビタミンB群などが効果的です。そもそもビタミンCとビタミンEは抗酸化作用に優れており、鉛による学習障害・記憶障害を軽減する作用が見込まれます。
B群の中では、特にビタミンB6が鉛をキレートする働きがありますが、最強の抗酸化作用・解毒作用を持つグルタチオンの合成に必要な栄養素です。また、乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスも、鉛の解毒に効果があるとされています。

このように、鉛は現代生活の中で気づかず曝露しやすい重金属の一つであり、その影響は脳や神経系に及びます。これが鉛が「静かな健康被害」と呼ばれる正体ですが、その影響は直接的に日常生活に及びます。
特に子供や胎児は影響を受けやすく、防御する機能も備わっていないため、基本的には鉛暴露リスクを日常から排除し、定期的なデトックスが改善策です。

厄介なのは、重金属のデトックスは一時的な取り組みでは不十分だということ。継続的な対策が求められるため、一時的な対処ではなく、長期的に日常の範疇で取り組める方法を試行錯誤しなければなりません。
何より、鉛排出に関わる効果的な栄養素を食生活に積極的に取り組むことは、他の重金属や、その他体内に蓄積する諸問題を改善する道にもなります。
つまり、鉛の蓄積を防ぎ、体内からの排出を促進する設計は、健康全般に寄与する習慣となるため、是が非でも進めたいことの一つなのです。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

■ 4. KINEMA 2400

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

江戸時代、国学者は仏教や儒教などの中国的な影響に反発し、日本の固有性を万葉集や古事記に見出しました。
現在、私たちは欧米的な影響により、似たような状況に陥っています。
しかし、古典を読むことは、あまりにハードルが高い。
そこでこのコーナーでは、「日本の心」の観点から、往年の日本映画を読み解いていきます。

…………………………………………………………………………………………………

映画は、基本的に作る人と撮る人しか名前が残らない。
一方で、あの人がいなければ、日本映画は世界の誰にも見られなかったと今も語り継がれている人物がいます。

映画もメディアの一つである以上、伝える人がいて、受け取る人がいます。その両者の媒介に立った人物が、今回の主人公です。
その人物は、監督でも俳優でもなければ、脚本家でもない。それでも、この人ほど日本映画史の骨格を静かに支え、今日を築いた存在はありません。その人物の名は、川喜多かしこ。

前回お話しした鶴田浩二や高倉健のような俳優が、東映任侠時代と、時代の若者が求める「型」を演じる象徴だったとすれば、川喜多かしこは「型」そのものを世界へ運ぶ器として、自らの生涯を捧げた人物です。

彼女自身は、映画を1本も制作したことがなければ、映画に出演したこともない。それでも映画製作者たちに誰よりも信頼され、慕われ、自らも自惚れることなく生涯邁進し抜きました。
どれだけ多忙でも、有名無名を問わずに日本の作品を見続け、可能性がある人たちには、無限のチャンスを渡す橋渡しをする。
彼女を支えたのは、今日の日本で失われた「良いものを伝えたい」というたった一つの想いです。

川喜多かしこが差し伸べた手によって、世界に知られるようになった映画人はかなり多く、日本映画が国際的に認知されるきっかけと可能性を切り開いたのもこの人です。

1908年生まれの川喜多かしこは、西村伊作や与謝野晶子らが開いた文化学院に学んだ、当時としては珍しい国際的な教養を身につけた女性でした。
そして彼女が、映画界に関わることになる出来事が起きます。1929年に川喜多長政と結婚したことです。

長政の父・大次郎は、中国で志半ばに倒れた大陸浪人肌の軍人で、長政自身も少年期を中国で過ごし、北京大学に学び、中国語に堪能でした。彼はかしこと結婚する前年の1928年に、東和商事を興します。
この会社は、東宝株式会社の子会社・東宝東和として今も残っています。
東和の事業は創業から一貫しており、ヨーロッパ映画の中で一級品の芸術作品をセレクトし、日本に輸入して配給することでした。

当時、東和がもたらした「芸術映画」という観点が、日本の観客に「映画は娯楽であると同時に、芸術であり得るのではないか」という美意識を植え付ける原動力となります。
これは映画史の文脈で「シネフィル」と呼ばれますが、戦前日本のシネフィルを育てる母体となったのは、川喜田夫婦だったのです。
そして川喜多かしこは単なる東和社長夫人ではなく、自ら語学に長け、作品を見る選美眼があり、字幕を吟味して宣伝の言葉を練る、実務と審美の双方を兼ねる共同経営者でした。

しかし、彼女の才能が世のため人のために尽くすには、一度日本が焼け野原にならなければなりませんでした。
敗戦直後、東和は再び世界の映画を運び込む事業に邁進しますが、奇遇にも彼女の名を映画史に刻み込んだのは、逆方向でした。
つまり、外国映画を日本に持ち込む役目ではなく、日本映画を外国に持ち込む流れの方で、彼女の名は記憶されたのです。

発端は、1951年の第12回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を初めて獲得した黒澤明の『羅生門』でした。この出展の口火は、イタリフィルムのジュリアーナ・ストラミジョーリという人物です。
彼女は1936年にローマ大学卒業後、戦前日本に交換学生として来日し、現・京都大学で日本語と仏教美術史を専攻した経歴を持ち、第二次世界大戦中は日本のイタリア大使館などで勤務しました。

ストラミジョーリと交流を深める中、かしこは日本映画を世界の映画祭に出品する道を切り開くことに自らの使命を感じ、教養を活かした人脈などを駆使して、多くの日本映画の才能を世界に伝え始めます。

川喜多かしこの手により、溝口健二の『西鶴一代女』(1952年)、『雨月物語』(1953年)、『山椒大夫』(1954年)が立て続けにベネチアで受賞し、衣笠貞之助の『地獄門』(1953年)が、1954年の第7回カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得。
こうした功績に映画人が自惚れる中、自らを律して1本1本作品を選び、字幕をつけ、映画祭に自ら交渉し、監督につき添って渡航し、最後まで「たった一人」を見て、本気で尽くしたのは川喜多かしこただ1人です。

彼女は、西洋の映画人から最も信頼される存在となり、マダム川喜多と呼ばれて愛されました。
以降、日本の撮影所からも「あの人に任せておけば間違いない」と頼られる女傑となりましたが、国内外から信頼される媒介者こそ、最も重要な存在です。

さらに川喜多かしこは、国際的な名声を獲得した黒澤明や溝口健二などの影に隠れてしまい、全く注目されない監督たちを次々と世界に送り出します。
こうして彼女の手で国際的に知られるようになったのが、小津安二郎や成瀬巳喜男でした。

映画に限らず、媒介の仕事は単なる輸出入業ではありません。
映画を伝えるということは、その国が引き受けてきた歴史、文化、感性、精神、哲学など、文字通りすべてを翻訳し、提供、伝える非常に高度な技術が要求されます。

その役目を全うした川喜多かしこは、ここから世界に日本を接続しながら、同時に「フィルムの保存」という、当時日本で誰も注意しなかった重要な作業に取り組み始めます。
この最中、彼女の人生を象徴する「もう1本の糸」が、東和が担った芸術映画の上映運動と深く関わってきます。
次回、それについてお伝えしていきます。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■ JIHAN JINKO WEEKLY MAGAZINE Vol.11【2026年7月7日発行】
■ 著者Webサイト:https://jihanjinko.com
■ アーカイブ: https://newsletter.jihanjinko.com/archive

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++