Vol.13

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1. 思想の森
2.国つ神計画研究所
3.使命を果たすための精密栄養学
4.KINEMA 2400
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/2026年7月21日発行/
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■ 1. 思想の森

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儒学には、「修身斉家治国平天下」という考え方があります。
国家・社会・他者を変えようとする以前に、まずは自らの心を正す。
最初のコーナーでは、聖人の言葉に従い、今、何を、どう思っているのかをお伝えします。

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先週お伝えしたように、今、米国の構造的転換点が迫っており、その余波によって日本が大きく揺れ動く可能性が高まっています。
戦後一貫して構築されてきた日米の歪な関係は、今後どのように変容していくのでしょうか?
その未来は、私たちの人生にも関わる重大な問題です。
そこで今週は、迫る近未来について触れていきます。

まず、人口動態を見た時、日本、韓国、中国、欧州、英国などは少子高齢化を脱せませんが、米国は先進国の中では唯一、少子高齢化の罠に陥っていません。
いわゆるミレニアルズとZ世代を豊富に抱える唯一の先進国。それが米国の実態です。
そして、2028年と2032年の大統領選挙では、有権者の多数派がひっくり返ります。

戦後、巨大な帝国として君臨してきた米国が、今、確実に変容しようとしている。その余波は、世界規模で甚大な影響を及ぼすでしょう。
ここで注目点は、現在の共和党と民主党の二大政党を支えている多数派が、いわば反共時代の「古い米国人」になりつつある事実です。
この古い米国人の型は、反共時代を知らずに育ったミレニアルズとZ世代が多数派になった時、大きく変動します。

中でも米国の全世代で最も多数派なのが、私と同じ1990-1991年生まれです。
この世代は米国内で「ピーク・ミレニアルズ」と呼ばれており、確実に発言力を高め始めています。

当然、この世代は一様な主張を持つわけではありません。
古い米国人を支えてきたキリスト教の福音派、あるいは強いイデオロギーとは無縁のため、個々が異なる価値観や主張を抱えている特徴が際立ちます。
しかし、基本的には帝国主義的な他国への内政干渉には反対であり、米国内の諸問題に着手することが先決だという考え方があります。

簡潔に言えば、自分たちの足元の生活が成り立っていない状況で、他国を政権転覆したり、戦争することは愚かだということです。
私はこの「新しい米国人」が登場すると、既存の日米関係は「米国の変化」によって破綻する可能性が高いと考えます。

すると、歪みが生じます。
戦後、事実上の一党独裁を築いた自民党政権としては、現・国民の政権に対する不満を解消するために、是が非でも仮想敵が必要であり、他国に対する挑発、時には戦争によって国民の言動を管理し、政権維持を図りたい思惑がある。
ですが、自民党政権がここまで延命できたのは、担保に米国の安全保障タダ乗りがあったからです。
つまり、米国にとって自民党は利用価値があった。

安全保障のタダ乗りは、米国にとっても反共の砦として日本が価値を持っていたからこそ成立したことであり、共犯関係でした。
ですが、今となっては古い米国人の世界の昔話。

米国で世代交代が起こる時代では、新しい米国人にとって目障りな古い米国人の作った世界が、超高齢化社会の日本にそのまま残ることになります。
肝心なことは、日本では世代交代が起きないため、従来通りの作法で関係を要求することです。

古いシステム(日米関係)を知らず、利権を持たない新世代のリーダーにとって、これは解体されるべき悪しき存在と見做されるでしょう。
また、軍国化を進めて仮想敵との緊張を煽る未来の日本政府との間に、決定的な亀裂が起きる可能性も考えられます。

つまり、私たちが生きる上で最低限予測できる近未来は、次に集約できます。
八年程度のスパンで見れば、日本が変わることはないが、日本の飼い主である米国が変わる未来は確実だと。

もう一つ見過ごせないことは、移行期は米国内で内戦に陥る可能性が高いため、米国の世界への介入度が必然的に弱まることです。その一端は、既に露呈し始めています。
この影響で、反動的に日本国内では反米(嫌米)が高まります。

その兆候は、先週7月15日に米国の調査機関ピュー・リサーチ・センター発表した大規模なグローバル調査の結果に現れています。
報告によると、調査対象となった36カ国のうち、25カ国で中国に対する好感度が米国を上回りました。
2002年に調査を開始して以来、これほど多くの国で中国が米国を上回ったのは初めてであり、対象国の多くで、米国のトランプ大統領よりも、中国の習近平国家主席の方が「世界情勢において正しい行いをする」という信頼度が高く評価されています。

一方で、日本、インド、韓国、フィリピン、ポーランド、イスラエルの6カ国では、引き続き米国に対する好感度の方が高かったことも併せて報じられています。
見逃せないのは、日本は中国への好感度が最も低い国の一つとして記録されたことです。
これは中国を仮想敵とする米国の意向が、最も反映された記録として読むべきです。

つまり、世界各国が米国よりも中国に信頼を寄せる新たな潮流に対して、日本は対応できていない。
この絶対的孤立は、今後日本の命取りとなるでしょう。

同時にこの潮流は、自民党ではない第三の政治勢力にとって、利用価値があることも事実です。
なぜなら、戦後史は米国が日本の主権を剥奪し、米国の利益のために従属することを強要した歴史として読むことができるからです。

もちろん、これは日本側の一方的な解釈です。しかし、反米感情を煽って自民党との差別化を図り、台頭しようとする第三の政治勢力にとって、この方法は最も現実的で都合が良い。
なぜなら、自民党と従米はイコールであり、自分たちはそうではないという態度の表明において、最も簡単で効果的なのは反米を打ち出すことだからです。

今後十年、私たちは未曾有の世界の生きた証人となりますが、残念ながら、自浄作用が働かず、超少子高齢化社会に突入した日本は変わりません。
ですが、日本の宗主国である米国が変わるとき、その影響が最も顕著に現れるのも、また日本である事実を考えなければならないでしょう。

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■ 2. 国つ神計画研究所

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統一国家や単一民族と、場所に生きる多元的世界。
どちらが正しいかではなく、相反共存する世界に誰もが生きています。
日本民族のルーツ研究を通じて、開かれてくる本当の日本とは?
古代日本・考古・神話・民俗・遺伝子・霊性など分野を統合し、独自の視点で日本を読み解きます。

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私たちの身体には、既に絶えたはずの者たちの痕跡が、今も息づいている。

約4万年前、ユーラシアの大地から忽然と姿を消したネアンデルタール人。
謎に包まれたネアンデルタール人は、一般にホモサピエンスによって交雑・駆逐された「もう一つの人類」と言われていますが、彼らはただ滅び去ったのではなく、私たちの細胞の奥深く、ゲノムという生命の設計図の中に、確かな痕跡を刻んで生き続けています。

驚くべきことに、現代日本人のゲノムには、およそ2-3%のネアンデルタール人由来のDNAが含まれています。
ただネアンデルタール人との交雑自体は、アフリカを出た現生人類が先住していた旧人類と交わった証であり、非アフリカ系の人々であれば、誰もが約1-4%の遺産を宿しています。
つまり、旧人類の遺伝子を持つこと自体は、世界的に見て稀有なことではない。

ですが、私たち東アジア人のゲノムには、際立った独自性があります。
第一に、東アジア人はヨーロッパ人よりも、20-40%も多くネアンデルタール人の遺伝子を保持していることが判明しています。
そして第二に、ネアンデルタール人のみならず、もう一つの絶滅した旧人類・デニソワ人の血をも受け継いでいるのです。

2024年、ある研究が静かな衝撃を与えました。
日本の理化学研究所などが3,256人分の日本人全ゲノムを解析した結果、現代日本人のゲノムには、実に44か所もの古代人類由来のDNA領域が組み込まれていることが判明したのです。
理研の報告では、ネアンデルタール人由来が11領域、そこにデニソワ人などの寄与が重なっています。

複数の絶滅した人類の遺産が、まるでモザイクのように織り込まれ、しかも高い頻度で今なお残存している。
ここに、日本人の遺伝的背景の類い稀な特異性があります。実は、世界的に見てもこのような人種は存在しません。
ある意味、日本人は複数の旧人類(ホモサピエンス以前)を今もゲノムに抱え、存在し続けている絶滅危惧種なのかもしれません。

興味深いのは、この古代からのゲノムという遺産は、単なる過去の記憶ではないことです。それは今を生きる私たちの身体と、病そのものに深く関わっています。

例えば、ネアンデルタール人から受け継いだSLC16A11周辺の遺伝子変異は、2型糖尿病や脂質代謝異常の発症リスクを約25%も高めることが分かっていますが、東アジア人が背負うこの遺伝的負荷は、欧州人の実に約21.5倍に達しています。
さらに、デニソワ人由来のNKX6-1もインスリン分泌に関わり、日本人特有の糖尿病リスクとして作用しています。

同様に、ネアンデルタール人由来のTLR遺伝子群は、かつて未知の病原体から身を守るために免疫を研ぎ澄ませた遺産ですが、病原体の減った現代では、アトピーやアレルギーという過剰反応の火種となっています。
このように、遺伝子解析が進めば進むほど、徐々に私たち「日本人」という存在自体の謎が、底から立ち上がってくるのです。

中でも個人的に注目しているのが、日本人に多いうつ病との関わりです。
2016年、約28,000人分の電子カルテとゲノムを紐づけた米国の大規模研究は、ネアンデルタール人由来の特定のDNA配列が、現代人のうつ病リスクと有意に関与していることを明らかにしました。
まだ研究は途上ですが、ネアンデルタール人の遺伝子の型は、個人のうつ病発症リスクの約1-2%を説明し得るとも考えられています。

見誤ってはならないのは、ネアンデルタール人が「うつ病を引き起こす欠陥遺伝子」を持っていたわけではない、ということです。
むしろ、事実は逆でした。
そもそも、うつ病リスクと最も強く相関する変異は、体内時計(概日リズムを司る遺伝子)の近傍に集中しています。

アフリカを出て、日照が季節によって激しく揺れ動く高緯度のユーラシアへと踏み入った現生人類にとって、既にその環境に適応していたネアンデルタール人の睡眠・覚醒のリズムを取り込むことは、生存を懸けた叡智だったのです。
過酷な冬の闇を越え、光の巡りに身体を同期させる。それは、進化が用意した見事なショートカット術でした。

ところが自然破壊が進み、人工照明とブルーライトに照らされ、夜間労働と不規則な生活が常態化した現代において、この古代のリズムは深刻なミスマッチを起こします。
太古の環境に最適化された体内時計が、二十四時間眠らない都市の光の中で、行き場を失う。それが睡眠障害を生み、うつ病の入口となっていることは事実です。

免疫もまた、同じ構造を抱えています。ネアンデルタール人から受け継いだ遺伝子の一部は、未知の病原体への炎症反応を高め、出血を防ぐために血液の凝固を早めました。
一方、古代において命を救ったこの強靭な免疫は、衛生環境の整い過ぎた現代では、過剰な炎症へと転じてしまいます。
そして今、脳内で静かにくすぶる慢性的な微小炎症こそが、うつ病発症の一因として有力視されている。

これは古代の身を守る力が、時を隔てて現代人の心を蝕ぶ最大の証です。
世界一のギャンブル依存国家(パチンコ)と呼ばれる日本人の姿や、脳の構造変化を介した気分障害への影響も、同じ根を持っています。
つまり、「古い遺伝子」を持つ人々ほど、現代の環境は合わない。
むしろ現代とは、ホモサピエンスの勢力が、完膚なきまでに旧勢力を地上から一掃しようとして生み出した構造とも翻訳でき、今後、遺伝子研究が進めば進むほど、私たちは壮大な矛盾に直面することになります。

そして、私たちの憂鬱は個人の弱さでも脳内物質の乱れでもなく、太古の環境に適応した身体と、その身体を置き去りにして疾走した、近代文明との間に生じた深い裂け目の反響なのかもしれません。

同時に日本人と言っても、三つの祖先集団を基層とする複雑なゲノム構造を持っています。
その基底部に、さらにホモサピエンス以前の、ネアンデルタール人とデニソワ人の遺産が幾重にも折り重なり、世界に類を見ない特異な疾患感受性の地図を描いている。
かつて人類が新しい大地を生き抜くために掴んだ「進化のショートカット」は、今、深刻な生活環境の変貌により、うつ病や2型糖尿病、アレルギーという現代病の火種として、私たちの内で燻っているのです。

果たして、複数の絶滅した旧人類の遺産を引き継ぐ日本人は、現代の行く末に絶滅する運命にあるのか?
それとも、完全に行き過ぎ、全てが過剰となり、遂に行き詰まった覇者・ホモサピエンスの世界の「先」を示す、唯一の光となるのでしょうか?

自らの内に今も眠る太古の声に、いかに耳を澄ますか。
そして滅んだはずの者たちは、私たちに何を語りかけているのか。
二十一世紀後半を生き抜く私たちの身体は、既にその問いを、生命の奥底から発しているのです。

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■ 3. 使命を果たすための精密栄養学

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日本や世界の現状を憂い、少しでも未来を変えたいと思う現代人にとって、本当に必要なのは最低限の健康知識です。
どれだけ志が高くても、不調になると心身共に疲弊し、道半ばで諦めてしまうもの。
そこで本コーナーでは、使命を全うするために、最低限の健康知識を最新の精密栄養学の視点で提起していきます。

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前回、鉄には「効かせるための設計」があるとお伝えしました。
今週は、女性が鉄を失いやすい背景と、摂った鉄を最大限に活かす組み合わせを見ていきます。

女性の鉄不足で最も大きい理由は、やはり月経による出血です。
経血量には、女性ホルモンのバランスが関わることがありますが、中でもエストロゲンの相対的な優位による影響は見過ごせません。

男女ともにホルモンバランスの乱れの要因は、現代の脂質や糖質に偏った食事が一因に挙げられますが、食生活に限らず、経血量の多さには、子宮筋腫や腺筋症など別の原因が隠れていることもあるため、複合的な視点が重要です。

二つ目は、胃酸の不足です。
この胃酸不足が、意外と盲点になっています。大前提に、鉄を体に取り込むためには、胃酸が鉄を吸収しやすい形に整える働きが欠かせません。
この仕組みを知るだけでも、生姜やお酢、柑橘の酸味を食前に少し添える工夫によって、胃酸分泌を促し、鉄を吸収する土台を整えることができます。

三つ目は、腸内環境の乱れです。
鉄は主に十二指腸から小腸上部で吸収されるため、そもそも腸に炎症があると、せっかくの鉄を取りこぼしてしまいます。また鉄は炎症を鎮静するために使用されるため、慢性的な炎症が起きている体内では、鉄はどんどん使用されてしまいます。
味噌や納豆など、発酵食品で腸内細菌のバランスを整えることが推奨されているのは、地味ながら鉄の吸収にも深く効くからです。

この三つの主因を理解した上で、「活かす設計」が重要となります。

鉄には、二つの顔があります。
性格としては、赤身肉や魚に含まれる「ヘム鉄」は吸収率が10-25%と高く、豆・野菜・海藻に含まれる「非ヘム鉄」は2-5%と控えめです。
数字だけを見れば、動物性のヘム鉄に軍配が上がりますが、植物性の非ヘム鉄は、ひと工夫で大きく化ける興味深い性質を持っています。

鍵となるのが、ビタミンCです。
レモンなどの柑橘や緑黄色野菜に含まれるビタミンCは、非ヘム鉄を吸収しやすい形へ変換し、吸収率を数倍にまで引き上げる効果を持っています。
さらに、肉や魚といった動物性たんぱく質を一緒に摂ると、非ヘム鉄の吸収がいっそう後押しされることが分かっています。

つまり、植物性の鉄単体としての吸収効率は低いのですが、組み合わせ次第で「使える鉄」に変えることができるのです。
これは摂ることと共に、活かすことを考える姿勢を養うことでもあります。

同じ一皿でも、組み合わせ次第で体に届く鉄は変わる。
現代女性が慢性的に不足している鉄を、日常の食事でどう摂取するか。その試行錯誤は、むしろ各人ごとに異なる「鉄を活かす設計」を知る道であり、鉄に限らず、さまざまな栄養吸収の基層にまで関わってきます。

一方で、注意点もあります。
鉄は活かすこともできれば、打ち消すこともできる。

そこで次週は、鉄を「逃さない設計」と、サプリメントとの付き合い方をお伝えします。

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■ 4. KINEMA 2400

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江戸時代、国学者は仏教や儒教などの中国的な影響に反発し、日本の固有性を万葉集や古事記に見出しました。
現在、私たちは欧米的な影響により、似たような状況に陥っています。
しかし、古典を読むことは、あまりにハードルが高い。
そこでこのコーナーでは、「日本の心」の観点から、往年の日本映画を読み解いていきます。

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芸術映画。
多くの方々には馴染みのない映画ジャンルですが、無理もありません。なぜなら芸術映画は、特定の時代の渦中で咲いた一輪の花であり、その後、濁流に流されてしまったからです。

その「特定の時代」は、いつ、どこで、何が起きたのか。
今回は、芸術映画の興味深い世界を紹介していきます。

一般に、芸術映画には難解というレッテルが付随します。
この難解性の根拠は、映画人がわざと難解な作品を作ろうと意図したからではなく、また芸術映画の表現自体が、その時代固有の精神に関わっていた体でもありません。むしろ、時代そのものの内部から現れたからです。
つまり、芸術映画は「理解しようとする」こと自体が無駄、無意味、かつ無価値であり、真価はそこにはない。ここが立脚点となります。

では一体、日本で芸術映画が開花したのは、いつ、どこで、何が起きた時代だったのか?
それが、1960年代でした。

1960年代は、敗北から始まった時代です。
安保闘争があり、何十万という人間が国会を取り巻き、デモの渦中で樺美智子という一人の女子学生が死に、それでも条約は通った。
あの世代を生きた者たちは、その巨大な敗北から六〇年代を始めたのです。

政治で世界を変えられると信じ、そして変えられなかった。
この現実に直面したとき、若い胸のなかにぽっかりと穴が空いた。
街頭のスローガンでも、スクラムを組んだ行進でも埋まらない、もっと底に潜む生々しい問い。

人はなぜ死ぬのか、なぜ生きるのか、意味とは何か、私は本当に他者と出会えるのか、神はいるのか、世界はどうなるのかなど。
政治が答えてくれなかった問いを抱えたまま行き場を失った若者が、ちょうどそのとき、薄暗い映画館で出くわしたのが芸術映画だったのです。

しかし、芸術映画の舞台は自然発生したのではありません。
背景には、当時の映画配給に関わる重要な仕組みが存在しました。
それが、政府の割り当て制です。配信で無数の映画を消費することのできる現在では想像できないでしょうが、当時、外国映画の輸入は政府主導で会社ごとに、年に何本まで輸入作品を扱うかという、本数が決められていました。

当然、この仕組みでは、輸入されるのは儲かる娯楽の大作に集中します。
そうした時代に、誰が難解な芸術映画に貴重な枠を使うか。この態度は、利益の観点から当たり前でした。

ですが、新時代の若者の活力を汲み取り、映画の新たな可能性を作る意義を唱える人物が現れます。それが、先日紹介した川喜多かしこでした。

こうして欧州の名作を日本へ運び続けた川喜多かしこが中心になり、米国で起きていたアート・シアター運動にならって、芸術映画を専門に上映する仕組みを作ろうと動きます。
彼女のビジョンに感激した東宝副社長の森岩雄が資金と映画館を提供し、1961年11月15日、伝説の株式会社日本アート・シアター・ギルド(通称ATG)が誕生しました。
もし、川喜多かしこが動かず、森岩雄が快く東宝の資金と配給網を提供しなければ、ATGは生まれず、日本に芸術映画が響くことはなかった。
芸術映画とは、映画に惚れ込む原体験を持つ者たちが開いた道であり、私たちにとっては当時の記憶なのです。

こうしてATGは翌62年4月20日、新宿文化や日劇文化など数館で上映を開始。記念すべき第一回配給は、ポーランドのカワレロウィッチ『尼僧ヨアンナ』でした。

一体、この仕組みの何が見事だったのか。
それは上映作品は、批評家で構成された作品選定委員会が選ぶことでした。つまり、儲かるかどうかではなく、芸術的に本物かどうかで選ぶ。本気で映画を愛する審美眼を持つ者が集い、本物の感性と表現だけを輸入・上映し、本物に触れた若い日本の映画人を触発する。

最大の問題となった輸入枠も、川喜多かしこのビジョンが各社を動かし、東和をはじめ、他社が自分の割り当てをATGに融通することで乗り越えたのです。
各社が枠を出し合ったからこそ、ATGはフェリーニ、ゴダール、サタジット・レイ、そしてベルイマンなど、当時最先端の芸術映画(と実験映画)を次々と日本に運べたのです。

映画会社同士が、金儲けを一旦脇に置いて、良い映画を若者に見せるために手を組んだ。株主と自身の保身しか考えない現代の企業を思えば、奇跡のような話です。
政治と敗北の季節が生み出した行き場を失った若者の熱気。これが川喜多かしこに宿り、産業の仕組みそのものを一瞬だけ動かした。
つまり、芸術映画の勃興とは、若者の飢えと、心ある大人たちの共謀が、この一点で出会って起きたことなのです。
単なる難解な映画ではなく、それは紛れもない文化でした。
今、日本に限らず世界に、この一点の交差がどこにあるというのでしょうか?
ATGの存在は、この問いを私たちに突きつけています。

そしていつの世も、文化は小さな場所で生まれ、始まり、静かに終わります。
芸術映画も例外ではなく、その潮流はたった一つの重要な場所で生まれ、強い文化となったのです。

その現場となったのが、新宿。

催涙ガスと角材と、地下劇場の熱気と、その真ん中で起きた芸術映画の誕生。
次回は、新宿で起きたATGという文化についてです。

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■ JIHAN JINKO WEEKLY MAGAZINE Vol.13【2026年7月21日発行】
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