
Vol.2
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1. 思想の森
2.国つ神計画研究所
3.KINEMA 2400
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/2026年5月5日発行/

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■ 1. 思想の森
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儒学には、「修身斉家治国平天下」という考え方があります。
国家・社会・他者を変えようとする以前に、まずは自らの心を正す。
最初のコーナーでは、聖人の言葉に従い、今、何を、どう思っているのかをお伝えします。
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世界的な大観光時代を迎えた中、ようやく日本国内でも「次の観光」へ向かう動きが起きようとしています。その筆頭を担おうとしているのが、大阪です。
まず、実情を俯瞰的に見てみましょう。
2025年の訪日外国人旅行者数(インバウンド)は約4,268万人となり、はじめて4,000万人を突破したと騒がれていますが、政府は2030年に6,000万人まで拡大することを宣言しています。
この数字は、安倍政権時代の2016年に策定された「明日の日本を支える観光ビジョン」の中で、2020年に「インバウンド4,000万人・消費額8兆円」、2030年に「6,000万人・15兆円」とした位置付けに由来します。現・高市政権は、安倍政権の正統な後継者を自認しているため、修正する様子はありません。
パンデミックを挟んだものの、安倍政権時代の「大セール日本」戦略は、皮肉にも大量のインバウンドを流入する動因となり、政府・自治体・事業者は「数」しか見てこなかったため、そのツケが各地で歪みを生み始めています。
どの街も急激なインバウンド拡大への対応は不十分、というか機能不全に陥っており、その上モザイクのようにオーバーツーリズムの地域と、その他に二極化しています。何より、観光以前に人々にとって重要なのは生活です。
ただでさえ物価高であるにも関わらず、アベノミクスによる極端な円安と賃金停滞で国民生活が大きく疲弊する中、ドル・ユーロなどの強い外貨を持つ人々が大量に押し寄せたことで、さらに物価は高騰し、東京のホテルは一般的な日本人では宿泊できない水準まで跳ね上がっています。
旅行者の「ローカルな体験」や「hidden gem」を求めて彷徨う行動により、静かな生活圏は侵食されてしまい、もはや安らぐ場所を見つけることは不可能になりつつあります。私自身が大阪市内で日参していたカフェなども、この数年ですべて売却されるか、外国人観光客に占拠されてしまい、かつての大阪にあった「人と人の距離」は完全に過去のものとなりました。
大阪に限らず、東京や京都でもこの傾向は強まっていますが、果たして6,000万人まで拡大しようとする政府の意向に、日本は耐えられるのでしょうか?
どう考えても、持続可能ではありません。
現在のインバウンド事情で二極化した問題は、次のふたつに集約できます。
◯ 観光客に動いてほしい
◯ 観光客に来てほしい
すべての自治体は、どちらかを問題にしていますが、解決する方法も目処も立っておらず、官僚主義が根強い現代日本の政府や自治体の動きは、拡大するインバウンドの数の速度に対応できていません。この皺寄せだけが一方的に国民生活に及んでいるため、徐々に問題視され始めているのです。
一方で観光業は、わずか数年前にパンデミックという外的要因を経験したにも関わらず、方向修正や反省なきまま、同じく外的要因のイラン戦争による石油危機のリスクに対して、為す術ない構造的欠陥を抱えています。
先の読めない渡航料の変動が、直接観光業に甚大な打撃を及ぼすことは予測可能ですが、各事業者は神頼みしかできていません。
また地政学の影響も露骨です。日中関係の悪化が、直接的に中国人旅行者の判断を左右する現実が実証されたように、一見すると儲かっているように見える観光業が、あまりにも脆弱で、不安定な姿であることが見えてきます。
単純に見ても、疫病・石油・戦争などの外的要因は、事業者個人で解決できるものではないため、本来は脆弱かつ不安定な構造を前提に、次を見据えた行動を取らねばならないはずです。しかし、このような動きはまったくありません。
結果的に、政府の意向は数では実現できても、二極化した問題を構造的に解決できないまま、歪みだけが拡大することが想定できます。政府主導では解決に繋がらない現状の中、外的な煽りを受けた都道府県レベルでは、ようやく問題に向き合う姿勢が部分的に生まれ始めています。その筆頭格が大阪です。
なぜ、大阪が率先して動こうとしているのか?
その背景には、既存の観光戦略に翳りが見えてきたことに加えて、新たな動きが見え始めたことが関わっています。
2025年のインバウンド宿泊者数で見ると、前年比+4.9%(約5959万人)の東京都、+10.7%(約1875万人)の京都府、+29.3%(約195万人)の兵庫県、+13.8%(約89万人)の和歌山県、+25.5%(約50万人)の奈良県と増加する中、大阪府は-4.7%(2420万人)となっており、日本全国ほぼすべての主要観光地が増加する中、大阪府だけが減少傾向を強めています。
ただし、インバウンド以外の視点に移すと、異なる姿が見えてきます。日本人と外国人の宿泊者数の合計値では、第一位の東京都が-3.3%と減少しており、第二位の大阪府は+0.3%と微増しています。数で見れば、東京都が圧倒的で1億人を越えており、大阪府は5,760万人ですが、実はオーバーツーリズムの震源地である京都府も、-0.7%と翳りが見えています。
そして日本人だけの宿泊者数を見ると、東京都は-12%と大きく減少。インバウンドだけで見れば、+24.3%と激増した北海道や+25.2%の沖縄も、日本人だけでは北海道-4.9%、沖縄県-3%と苦戦しています。同じくインバウンド頼みの京都府も、日本人では-11.9%と大きく減少しているのですが、そんな中で大阪府だけは+4.2%と、全都道府県の中で日本人旅行者に対して、強い存在感を放っています。
この理由を2025年に開催された大阪万博の影響に求める見方が主流ですが、逆に言えば、大阪万博がなかった場合、他自治体よりも厳しい状況に陥っていた可能性があります。そのため、2026年は大阪観光の本当の姿が明るみに出る年なのです。
一方で、最近の傾向としては、強い外貨を持って動き回る敵(インバウンド)の目を掻い潜るように、弱い円を持つ日本人が動いているように見えます。つまり、外貨を武器に自由にインバウンドが動き回る代償を、日本人が払っている状況は既に現実となっています。当然、観光業関係者は儲かるインバウンドしか見ていません。
こうした傾向を見せた2025年の一年を経て、過度なインバウンド依存からの脱却を模索し始めたのが大阪です。この辺りは、元々商才ある人々が集った大阪の土着的な事情が関与していると言えますが、良い意味でも悪い意味でも、大阪が「新たな儲け口」を模索し始めた兆候です。
これは大阪万博という特殊な一年が明けて、いよいよ打つ手がなくなってきたことを示唆しています。つまり大阪にとって、2025年の万博から2030年秋に開業予定のIRに向かう次の4年間は、文字通り試練なのです。実際、ここまで不安定な世界情勢の中、思惑通りに2030年秋を迎えられる保証は、どこにもありません。
東京も京都もインバウンド依存で崩壊に向かっており、その後を北海道と沖縄が猛烈に追従しています。そんな中で、遅いながらも大阪から動きが生まれつつある流れは、もしかすると「次の観光」の萌芽になるかもしれません。
しかし、長年のインバウンド依存、スポット観光で楽に稼いできた大阪も、他県同様に次のアイデアを持っていません。現在、すべての観光戦略が直面しているのはこの課題だと、様々な話を聞いて理解しました。
なにしろ、ほぼ何もせずに金と観光客だけが降って湧いたため、誰も「次」を提案する力を育んでこなかったからです。ちなみに、この悪病に日本一侵されてしまったのが京都です。
思えば今から約15年前、「ウチは何もせんでも人が勝手に来る」と豪語する京都の隙を見て、大金を掴むチャンスと見た大阪は、「ウチは何もない」と割り切り、徹底的に宿泊施設と飲食システムを整え、観光名所を持つ京都ー奈良を動くインバウンドの「滞在拠点」として自らを位置付け、大成功を収めました。
その後、大阪に後塵を拝して焦った京都は、急いで宿泊施設を建造するも時既に遅し。しかも京都市の一部にしか観光客は来ないため、京都府全体で見ると空洞化が激しい上、京都市内の観光と言っても、寺院の売り上げは京都全体の財政に寄与しない構造的欠陥があります。だから観光業で潤っているように見える京都市が、財政破綻危機に直面しているのです。個人的な印象では、今になって一番焦っている自治体が京都に見えます。実際、京都市の外を周遊させようと必死になっています。
今後、日本の観光業はどうなっていくのでしょうか。
それを考えるための鍵は、次の問いの先にあります。
4年後に6,000万人の大台を達成することが、本当に日本人の生活に寄与するのか?
「光を観る」と書く観光の本来の姿は、一体どこにあったのか?
無策な観光戦略を見ていると、あらゆる亀裂が一斉に噴出する時も、そう遠くないのかもしれません。

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■ 2. 国つ神計画研究所
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統一国家や単一民族と、場所に生きる多元的世界。
どちらが正しいかではなく、相反共存する世界に誰もが生きています。
日本民族のルーツ研究を通じて、開かれてくる本当の日本とは?
古代日本・考古・神話・民俗・遺伝子・霊性など分野を統合し、独自の視点で日本を読み解きます。
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かつて日本各地には、多種多様な織物が存在しました。
木綿や絹が渡来人によって持ち込まれる以前、祖先は自然環境に則した材料を選定し、織物を生み出していました。今や目にする機会はなくなったものの、藤布、榀布、太布、葛布、大麻布、苧麻布、芭蕉布などの草木が活用されていました。
◯ 藤布: フジ(藤)
◯ 榀布: シナノキ(榀・科)
◯ 太布: コウゾ(楮)やカジ(穀)
◯ 葛布: クズ(葛)
◯ 大麻布: アサ(大麻)
◯ 苧麻布: カラムシ(苧麻)
◯ 芭蕉布: バショウ(芭蕉)
自生する草木の皮から糸を紡ぎ、布を織る技術。
一体、この知恵はどのように育まれてきたのか?
衣食住の一翼である衣服は、太古から人間にとって重要でありながら、意外なことに謎は解明されていません。私たちが着用している衣服の変遷史は何となく理解されていますが、どのように発生し、育まれてきたかは誰にも分からないのです。
そもそも時代呼称にもなった「縄文」は、本来は縄目文様の刻印を持つ土器に由来する用語です。文様を刻印できたということは、当然ながら高度な編む技術を既に熟知していたということです。現に、縄文人の縄の結い方は単一ではなく、驚くほど多種多様ですが、個人的には縄文人は生活する場所の風土に応じて、縄目を変えていたと考えています。
縄目は「縄文人の意志」によって変わったのではなく、「自然の意志」によって変わったということです。これは縄文人が自然の動きと限りなく同期していたため、ほとんど即座に自然の反応を反映させることができたからです。
主に草木を原材料としていた織物ですが、縄文時代と弥生時代には使用される種類に明確な違いがあります。例えば、日本で最初期から使用が確認されているのは、大麻、赤麻、苧麻ですが、一方で樹皮繊維の使用はほとんど発見されていません。
何千年も前の遺物から原材料を特定することは困難ですが、縄文時代の織物製作に限定すれば、樹皮繊維の発見は檜に限られます。しかし、弥生時代に入ると状況が変わり、藤、楮、榀などの樹皮繊維が使用されています。
この差異は、異なる思想の持ち主が古代日本で共生していた事実を示唆していると言えますが、鍵を握っているのは、気候変動に連動する植生の変化です。
残念ながら植物考古学の世界は、重要ながらも人気がないため、研究自体が進展しない分野のひとつです。そこで個人的な調査を頼りにすれば、縄文時代には豊富な大麻、苧麻が採れた可能性が高いと見ています。言い換えれば、豊富に自生する大麻や苧麻を繊維として活用できたため、労力を要する樹皮繊維に頼る必要はなかったと言えます。
その姿を探るために向かったのが、福井県三方五湖にある年縞博物館です。
年縞とは湖沼などの堆積物のことで、一年に一層形成されるため、年縞に含まれる花粉などの情報から、当時の植生を推察することができます。
三方五湖の水月湖からは、45mに及ぶ約7万年分の年縞が採取され、国際的に「地球史の正確な基準」として重用されています。産業社会の協定世界時(UTC)がロンドン郊外のグリニッジ子午線に置かれているように、世界標準の地球の年輪は福井にあるのです。
ここで相当詳しく話を伺ったのですが、現時点で縄文時代の大麻や苧麻の情報は検出されていないが、今後研究が進めば、可能性はあるとのことでした。なにしろ見逃せない事実として、三方五湖を拠点にしていた縄文早期の鳥浜貝塚からは、世界最古の大麻の使用例と目される縄が発見されています。未だ完全な同定に至っていないものの、同貝塚からは、大麻の花粉が縄文早期から前期にかけて連続的に検出されています。
どの程度、大麻や苧麻が日本各地に自生していたかは不明ですが、縄文時代の比較的早い段階で、豊富に存在した可能性は高い。すると疑問は、なぜ原材料の痕跡は多々発見されながらも、全貌解明に至らないのかです。
実は、問題の本質は「発見の質」ではなく、「物の見方」にあります。つまり、思想の問題なのです。
この「物の見方」を持つためにも、ひとつの指摘を知ることから始めなければなりません。それが自らもアイヌでありながら、アイヌ研究の第一人者となった知里真志保の指摘です。彼は古老への見聞や神話研究を通じて、かつてのアイヌ語に「植物自体」を指す用語がないことを突き止めました。
「そんなことか」と思われるでしょうが、これは大発見です。
簡単に言えば、今の私たちが「大麻」や「苧麻」、あるいは「桜」と呼んでいる植物は存在しなかったということです。この認識は、織物の歴史を見る際に極めて重要となりますが、今も完全な死角になっており、関係者も理解できていません。私は古代人の感性として、「物」を同定するために名を付けたのではなく、必ず「行為」があったと見ています。
ある植物の、ある部位を、古代人の日常生活における行為の中で活用し、何かを生み出す。この一連の行為に名が付けられたということです。
この視点を前提すれば、藤、榀、葛、大麻、苧麻、楮、芭蕉などは、「物」としての素材ではなく、思想的な見直しが必要になることが見えてきます。
読み解くことは難儀ですが、『古語拾遺』という文献は参考になります。同著は忌部という古代氏族の最後の当主・斎部広成が807年に完成させ、平城天皇に奉献したものですが、忌部のルーツを軸に古伝承を編纂しています。中でも織物に関わったのが、阿波忌部です。
現・徳島の古名だった阿波ですが、北を讃岐山脈、南を四国山地に囲まれた肥沃な徳島平野を東西に横断する吉野川流域は、歴史的に大麻と楮の名産地として栄えていました。
阿波忌部の由縁でも、祖先が阿波に渡来して「麻」と「楮」を植え、祖神・アメノヒワシ(天日鷲命)を奉祀したと伝えています。
この由縁は、皇位継承者が天皇として即位する大嘗祭に関わります。
実際、平成から令和に変わる際の大嘗祭でも、阿波忌部の末裔・三木家の当主を筆頭に、剣山奥地の集落の人々が大麻を育て、織物にして宮中に奉献する儀式が一年かけて行われました。阿波忌部が皇位継承者に献上する大麻製の織物は、「麁服(アラタエ)」と呼ばれています。
ですが、一般的な関心とは裏腹にアラタエの歴史は錯綜しており、何よりも古織物の世界において、私たちはある限界に早々に直面します。
そこで次回は古織物の世界を提起し、衣服の起源を探っていきます。

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■ 3. KINEMA 2400
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江戸時代、国学者は仏教や儒教などの中国的な影響に反発し、日本の固有性を万葉集や古事記に見出しました。
現在、私たちは欧米的な影響により、似たような状況に陥っています。
しかし、古典を読むことは、あまりにハードルが高い。
そこでこのコーナーでは、「日本の心」の観点から、往年の日本映画を読み解いていきます。
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「何から観れば良いかわからない」。
この言葉を、ほとんどすべての人々が口にします。
それほど日本映画は作品数が多いのですが、文化庁が2023年まで運営していた「日本映画情報システム」によると、1896年(明治29年)の黎明期から現代までに劇場公開された作品として、約4万8,000件が登録されていました。積み上げられた数字は、かつての日本が映画大国だった記憶を伝えています。
また日本映画は、独自ジャンルが多数生まれており、世界の映画界でも異質の存在でした。しかし、1970年代以降の日本人は、ほぼ例外なくハリウッド系の映画コンテンツを消費する世代であったため、あまり日本映画に馴染みがない特徴を持っています。
この理由は、1970年代に日本映画が完全な斜陽期に入り、衰退した歴史と関わっています。現在、日本映画は衰退から50年以上も経っていますが、当然コンテンツの質も落ちているため、この時代に育った日本人は「映画の読み方」を知りません。
映画は、唯一の総合芸術です。
個人的には、映画の読み方を取得することは、異なる視座で世界を見る力に直結すると考えています。
文章に「読み方」があるように、映像にも「読み方」があります。そして日本語と英語が異なるように、映像にも日本映画の読み方、米国映画の読み方は異なります。つまり、映画を読むことは文化を読むことなのです。
では一体、どうすれば読めるのか?
実は6年前まで、同世代同様に、私自身も日本映画を観たことはありませんでした。「観たことはない」とは、同時代の作品は幾つか観ていても、いわゆる「往年の映画」と呼ばれる諸作品を、一度も観たことはないということです。
最初に日本映画に取り組もうと決めた時、膨大な数に圧倒され、どこから手を付ければ良いのか分かりませんでした。このようなことは誰も教えてくれないため、私が取った方法は、とにかく片っ端から見ることです。毎日、とにかく数を観ることで、徐々に時代性や作家性などが心身に染み込み、いつしか文化の全体像に触れることができるようになります。
オススメは、最初に黄金期の作品から入ることです。
日本映画には黄金時代がふたつあり、ひとつは1930年代中期から後期、もうひとつが1950年代初期から中期です。
また監督ごとの作家性は、単一な今とは違ってかつては非常に大きく、誰の、どの作品から観るかによって、その後の見方は大きく変わります。だからと言って、いきなり初期のサイレント映画から観ることはハードルが高い。
まずは、音声が入ったトーキー映画の中でも、ふたつ目の黄金期から選ぶべきですが、特に映画界の主要な巨匠の代表作から観ることが先決です。
◯ 小津安二郎『東京物語』(1953)
◯ 黒澤明『七人の侍』(1954)
◯ 溝口健二『雨月物語』(1953)
上記、三つの傑作を起点に据えるのが良いでしょう。
これらは傑作である以上に、同時期に製作されながらも、作家性がまるで異なり、それぞれ製作・配給会社が異なります。
『東京物語』は松竹、『七人の侍』は東宝、『雨月物語』は大映ですが、当時は製作会社の毛色が作品に色濃く反映される時代でした。
各々にまったく異なる作品ですが、『東京物語』→『七人の侍』→『雨月物語』と観ていけば、白黒映画特有の癖に慣れる機会となり、また「次」を模索する一手となるでしょう。
ゴールデンウィークも終わりに近付いていますが、まずは最初の一本からはじめましょう!

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■ Jihan Jinko Vol.2【2026年5月5日発行】
■ 著者Webサイト:https://jihanjinko.com
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